重心の設定

 

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楽曲分析と演奏解釈 〜「悲愴」「風紋」を例として〜 (保科 洋 著)

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c)重心の設定

フレーズの分析とは、要約すればグルーピング(グループを整理すること)と重心を設定することです。

グループには重心が必ず1カ所(注)あります!

(注)重心は一つの音符に設定するとは限りません! 音符はどのような音価でも必ず長さを持っていますから、重心とは原理的に時間的な広がりを持つものなのです。したがって一カ所であれば複数の音符に跨がる重心を設定しても不都合はありません(2カ所以上ある場合は複合グループになります)!

この状態は広々とした山の頂上に例えられるでしょう。頂上が広い山は穏やかなあるいは雄大な景色として感じられますが、音楽も同様で時間的に広がった重心は広々としたあるいは雄大な表情を醸し出します。

重心はグループの抑揚の軸としてその音楽的ニュアンスを演出する重要な役割を担っており、音楽の表情に多彩なインパクトを加えるものです。また重心とはグループ内で最大のエネルギーが付加された箇所ですから、エネルギーを付加された音符は楽譜上ではどのような状態になるのか、を知ることが出来れば重心を見つける際のヒントになります。そのような音符の状態をまとめておきましょう。

 

イ)ある音符群の中で、比較的音価が長くかつ音高の高い音符

「音価が長い」「音高が高い」はどちらも音のエネルギーが大きいことを示す基本的な現象ですから、この両方の条件を満たしている音符(次例4小節目の↓H音)はフレーズの重心として最も適しています(注)

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(注)「音価が長い」はそれだけでも重心になり得ますが(譜例5のカッコつき↓)「音高が高い」だけでは重心になるとは限りません。特に「高いけれど短い音」は重心ではなく先行音群の余剰エネルギーで抛り上げられた音である場合が多いです。

 

ロ)「バウンド分割」と判断できる音符群の最初の音符

 机の上をスティックで叩くと反動で数個の音が生じます。つまり叩いたエネルギーの反動(衝撃)で音が分割されたのです。このような状態を表した音符群を「バウンド分割」された音群ということにします。

「バウンド分割」された音群は、その成因から最初の音が短くて最後の音が長くなるのが特徴で、しかも短い最初の音符が必ず重心になります(譜例6の↓)。一見このことは「音価と音量」の原則に矛盾するようですが、「骨のリズム」を整理すると音価が長い音が重心になっていることが分かります。すなわち「バウンド分割」された音群とは原則の意図的な変形なのです(次項も参照)。なお「バウンド分割」は、必ず同一和音内で生じる現象です。

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ハ)「骨のリズム」の中で比較的音価が長い音符

前述のように楽譜上の音符は実際には相当な比率で分割されています。詳細は前述「音の分割」の項を参照願いますが、前項(ロ)の「バウンド分割」や後述する「倚音」も分割された音群の一種です。分割された音群の奥に潜在する「骨のリズム」の中で音価の長い音符は音群の重心になる可能性が非常に大きいので、重心の設定に際して「音の分割」を見つけることは非常に有効です(譜例1、2、6や後出譜例8も参照)。

 

ニ)付点音符を含む音符群の付点音符

一般に音が分割される場合には等分割になるのが自然で(エネルギー的に均等な分割)、不等分割するには意識的なエネルギーのコントロールが必要です。付点リズムとは、等分割されたある音符が意図的に過剰なエネルギーを付加されて付点音符の長さにまで変形し、その圧力によって後続音符が後へ追いやられた状態と考えられますが、これは、等分割では物足りない! という作曲家の強烈な意志を表したものとも受け取れます。ですからそのような付点音符が重心になるのはごく自然なことで、事実、付点音符を含むリズムでは付点音符が重心になる場合が非常に多いのです。なお、譜例7(b) は複付点音符の例ですが、複付点音符とは上記の現象が更に強調された状態ですから付点リズムの効果は当然より強まります。まさに作曲者の強烈な意志を感じさせられる箇所です。

仮に上段の付点音符が下段カッコのように4分音符で均等に書かれていたら・・・、この曲の魅力・説得力は半減するでしょう! 無論 Tschaikowsky がそのような書き方をする訳がありませんが・・・

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ホ)倚音(appoggiatura)および各種の装飾音が付加された音符

  倚音(appoggiatura)とは簡単に言えば、和音を構成する音以外の音を意図的に使って緊張を高めておいてから本来の和声音に戻る、という作曲上の技法の一種です。主に旋律の音に使われますが内声でもしばしば使われます。心理的・内的な葛藤あるいは焦燥感などを表現するのに非常に効果的なので古くから活用されています。現象的には倚音と後続音(解決音といいます)はペアになって必ず緊張⇒弛緩を生み出すので、倚音がグループの重心になる確率は非常に大きいのです。

譜例8は上声と下声が交互に倚音(↓)で装飾し合いながら心理的葛藤を描いている見事なまでに感動的なフレーズです。仮に下段に示したように倚音を省いてしまったら・・・、何ともありきたりのフレーズになってしまうと感じるのは私だけでしょうか? 倚音の表現力の大きさに今更ながら感嘆する例です。

なお、下段は上段の「骨のリズム」にもなっています。つまり倚音と解決音は「音の分割」の一種でもあるのです。また、↓を付けていない2分音符がありますが、これらはグループ(カッコ内の音群)の最後の音ですので音価が長くても重心になるとは限りません。

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もう1曲、倚音の表現力の素晴らしさを披露しましょう。次例は、迫りくる死をひしひしと感じながら、なおも病魔に抵抗して生きようと必死にもがく Tschaikowsky の痛ましいまでの心情を生々しく伝える見事なフレーズです。

この例も下段の倚音・繋留音を省いた例と比較すると、その説得力の違いに驚かれるでしょう!

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(注)繋留音とは倚音をやや穏やかにした表情を持つ作曲技法の一種です。歴史的には倚音より早くから用いられてきた技法で、倚音にクッションを加えた型をしています。詳細は省きますが、倚音と同様に緊張⇒弛緩を伴い心理描写に優れています。

 

ヘ)「ジェットコースター音型」と判断できる音符群の最低音(又はその周辺の音符)

高い音から低い音へ進行することはエネルギーが大きい音から小さい音へ進むことです。したがってこれらのエネルギー状態を連続させるにはディミニュエンドが自然であり、低い音から高い音へ進行する場合は逆の理由でクレッシェンドが自然です。したがって、下降して上行する音群は下降から上行に切り替わる箇所がエネルギーの谷間になるので、一般的にはそこでグループが分かれて聴こえることになります。

それでは、下降して上行する音群を一つのグループにまとめるにはどうしたら良いのでしょうか?

それは、下降でクレッシェンドしてその反動を利用して上行する際にディミニュエンドをする、という方法で一つにまとめることが出来ます。この状況は丁度ジェットコースターが上下する動きと似ているので、このような音群を「ジェットコースター音型」ということにします。この音型の特徴は、元来エネルギーが小さいはずの低い音が下降する音群に蓄積される加速エネルギーによって重心として機能することです。

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譜例10は私の作品「風紋」の一部分です。私は下降⇒上行するカッコ内の音群に<>を指示しましたが、仮にこの指示がなくてもカッコ内の音群はジェットコースター音型としてグルーピングする方が自然です。なぜなら7小節目はバウンド分割された音群ですから↓の音が重心になりますが、元来7小節目は3小節の変形ですので、遡って3小節および5小節もバウンド分割と判断でき、それぞれの重心は↓の音ということになります。したがって、重心に先行する2、4、6小節はする方が理にかなうことになります。以上のことから、カッコの音群はジェットコースター音型としてグルーピングする方が自然なのです。なお、前出譜例4のグループ1、2などもジェットコースター音型を応用した例ですのでご参照ください。

 

ト)不協和度の大きな和音上の旋律音

和音には大別して協和音と不協和音がありますが、一般に協和音⇒不協和音は緊張が高まり不協和音⇒協和音は弛緩します。作曲家はこの現象を利用して音楽的な緊張・弛緩を表現するのに役立てているのです。したがって、協和音と不協和音が混在するフレーズやグループでは不協和音と重心が一致することがしばしば見受けられます。譜例4などはその好例ですが、後に詳しく分析しますのでそちらを参照して下さい。

 

以上が重心になり得る音符の状態の主なケースです。上記のいずれかに合致した音符が必ず重心になるとは限りませんがその可能性は大きいと考えてよいでしょう。特に拍節感の強い曲では、強拍にこれらのいずれかが当てはまった場合には重心である確率は非常に大きくなります。さらに上記の項目が複数で合致した場合は更に強固な重心になるでしょう。

 

 


 

 

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